カテゴリー別アーカイブ: イタリアの話

Formula 1

この前の日曜日F1鈴鹿GPでしたね。イタリアでもCalcioの次に人気のあるFormula 1イタリア語読みは、”フォルムラ ウーノ”です。F1にHondaが参戦していた90年の全盛期の時、イタリアはF1の中継が全てのGPが生放送ですので、日本GPは朝早くに放送されます。ちょうどいつも行くバールでイタリア人に囲まれて観ていたのですが、なんとHondaのアイルトン・セナがFerrariのアラン・プロストにスタート直後の1コーナーで、前年の鈴鹿GPの恨みを晴らすかのように突っ込んでいき二人共リタイア。バールに知ってる人も知らない人も20人位イタリア男がいましたが、「Honda!Noooooooooooooo」大ブーイングです。すくなくともその空間では完全に悪者扱いでした。そのあと店に出勤しても、Ciao!の次には「Honda,NO!」とほとんどの従業員に言われ、少なくともセナを恨み、一生Hondaの車に乗るかと思った一日でした。91年のImola GPとMonza GPをたまたまお店が休みだったりして、観戦することができました。Imola GPの決勝の時、雨が降っていたのですが、Ferrariのアラン・プロストがまさかのフォーメーションラップで滑り、1周もしないままリタイア。ゴクミこと後藤久美子の旦那さんのジャン・アレジがもう一台のFerrariに乗っていましたが、こちらもまさかのスピンして2周で終わり、するとTifosiと呼ばれるFerrariファンは帰ってしまいガラガラのスタンドになりました。彼らにとってFerrariの走らないF1などありえないことです。Monzaの時はラッキーな事にタダで入場し、またもやラッキーな事にタダでメインスタンドで座って観戦するというイタリアという国しかありえない経験をしました。この時は、マンセル・セナ・プロストの順位で今考えても超豪華なシャンパンファイトを間近で見る事が出来ました。最後にFerrariに乗ったアイルトン・セナを見たかったです。

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cacio e pepe

当店でランチ、ディナー共に人気のある”cacio e pepe”ですが、ローマを一番感じるパスタじゃないでしょうか。イタリアで暮らして一番最初の休みの日に、クチネッタの佐粧さんに連れていただいたのが”Papa Giovanni”でした。その時に初めてvermicelli cacio e pepe食べましたが、こんなシンプルなパスタがなぜこんなにおいしいんだろうと感じたプリモでした。それまで日本で働いてた時、メニューには載ってなかったのですが賄いで同じくシンプルなパスタのburro e parmigianoをよく作っていただいたのですが、先輩の分も食べ一人で500gくらい食べるくらい好きでした。ボッカで両方メニューにのってますので、お試しください。

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Pizza

ナポリという町のイメージは泥棒ですよね。イタリア人の中でもそのイメージが強くあまりいい印象でない町ですが、エスプレッソコーヒーとピッツァだけはナポリが一番と認めています。pizzaといっても色々あります。まずピッツァといえばpizza napoletanaのナポリピッツァですね。日本でも「真のナポリピッツァ協会」が認めたピッツェリアがたくさんありますよね。そしてpizza taglioとよばれる量り売りのピッツァがあります。Al Moloの最初の寮の下にもあり、休憩時間によく食べてました。子供から大人まで買いに来るファーストフード的な役割を持つのがpizza taglioです。そしてDon Alfonsoで働いてる時にJaccarino夫妻に連れて行っていただいたpizza metroです。Vico Equenseという町にあり、その時は4人で行ったのですが、全員マルゲリータを注文したのですが、なんと4人分を1枚で焼いてワゴンで運んでくれます。ピッツァってナイフとフォークで食べるのご存じでしたか?ひとり1枚注文して日本みたいに切り分けて出て来ないです。自分でナイフで切りフォークを左手で持ってピッツァに添えながら食べます。あとcornicioneとよばれている縁の部分ですが、ローマでみんなと食べに行ってた時みんな残してました。ピッツァの時だけイタリア人はビールでした。飲まない女子などはコーラとか飲んでました。 2004年の春のオープンから何回も寄せていただいてる明石にあるCiroさんです。いつ行ってもイタリアがありますよね。ロケーションに一番最初驚いたのを覚えてます。タコフェリーがなくなり残念ですが、今日はさんふらわあを久しぶりにみました。

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porchetta

ローマ近郊のCastelli Romaniの中にAricciaという町があります。この町でうまれたのが仔豚の丸焼きのポルケッタです。ポルケッタだけでも買えますし、パニーノにもしてくれます。Aricciaという町は、ローマ人の避暑地でFraschettaという屋台村みたいなのがあり、ポルケッタとプリモとワインを飲むというのが、ローマ人の夏の過ごし方です。ボッカでも鹿児島産の皮付き黒豚のバラ肉でポルケッタ風でメニューにのせております。前菜でメニューにのせてますが、セコンドでも食べれる量なので是非おためし下さい。 fiumicinoにもポルケッタの屋台があったのですが、裏メニューであったのがサルシッチャのパニーノです。フェンネルシードがたっぷり入ったシチリア風のサルシッチャを挟んでくれます。ポルケッタは部位によってあたりはずれがありますが、サルシッチャは間違いなくおいしいです。皆様もローマに行かれたら是非お試しください。

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CALABRIA

今回の「イタリア好き」カラブリア特集です。私が一番最初に興味をもった郷土料理がカラブリアでした。Al Moloに入った時、ciriago,carmelo,giovanniの3人のカラブリア人と一緒に働いていて、歳も近く寮も一緒だったので、まかないで作ってもらったり、寮でも作ってもらってました。ローマ料理しか知らなかった私にはすごく新鮮で衝撃を受けたのも覚えています。Bottarga di spigola calabreseで作ったSpaghettiやシラスのRosamarinaとCipollaをさっとソテーしてPane di GenzanoにのせたBruschettaなど郷土料理を勉強しようと思った原点がカラブリアです。あとこの本の記事で思い出したのが、イタリアというかローマに居るとき停電がよくありました。日本なら前もって告知してくれますが、突然停電になります。雷がなって雨が降ったら停電って感じです。おまけにAl Moloの厨房は雨漏りはするし、最初驚きまくってましたが、人間慣れって怖いですね、一年もいたらロウソクの明かりだけの厨房で雨漏りのする場所を避けながら仕事してました。日本も夏に向けて節電を呼びかけてますが、イタリアはある意味お手本となる国だと思います。ローマには電飾看板などなく、夜になるとオレンジ色の電灯だけが灯り魅惑的な街になります。イタリア人って光に弱いのか昼間は全員サングラスしてるし、パソコンの画面も暗い暗いです。家にいても昼間はほとんど電気をつけなくて、本など読みたかったら窓際にいくかバールにいくか、エアコンもなく暑かったら窓を開けて風を入れるといった感じで節電してるのか、ただ光に弱いだけなのかわかりませんが節電のお手本となる国だと思います。

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Calcio

今日のアジアカップ、是非日本に勝ってほしいですね。日本代表が20年前こんなに活躍するとは思わなかった頃、イタリアで見たワールドカップは興奮そのものでした。1990年イタリア大会、第一ラウンドの1試合目のオーストリア戦は営業したのですが、ほとんどお客様が来なかったのを記憶してます。あと今はどうか知りませんが当時イタリア戦の時は、アルコールの販売が禁止でレストランも例外でなく、ノンアルコールワインいわゆるぶどうジュースを出してました。そしてこういう大事な試合の時は必ず誰かがテレビを持ってきて、アルミホイルでアンテナを作り、厨房でみんなで観戦したのを思い出します。2試合目のアメリカ戦からイタリア戦の日は夜の営業が休みになりました。スーパーも早く閉まるので、仕事帰りに寮のイタリア人と晩御飯の買い物して勿論アルコールは販売してません。しかし寮の買いだめしたワインを飲むのはOKです。なんのこっちゃわからん規則でした。イタリア大会は後にジュピロ磐田で活躍?したスキラッチが殆んどゴールを決めたのですが、チェコスロバキア戦のロベルトバッジョが決めたゴールが一番印象に残ってます。私にとって彼は今でもファンタジスタです。その時バッジョがフィオレンティーナからユベントスに電撃移籍する時で、それ以来黒と白の縦縞という事もあり、デルピエロがキャプテンの今でもずっとユヴェンティーノです。準決勝はマラドーナのホームスタジアムサン・パオロでアルゼンチン戦。寮でご飯を食べながら7人で観戦。PK戦になり4人目のドナドーニが外し「Oh Dio! Mamma mia!」全員が叫び、マラドーナがきっちり決め「Mannaggia la miseria!」全員がブーイング。そして5人目のセレーナが外し「・・・・・・・・・」。その後5分位沈黙が続き、「Buona notte」だけの言葉だけで皆寝たのを記憶してます。後にも先にもあんなおとなしいイタリア人を見たのはその時だけです。ただし次の日からは、なぜ敗戦したのかでまかないはいつも通りのにぎやかでした。結局、先発でバッジョを外し大空 翼並みのオーバーヘッドキックの名手ジャンルカ・ヴィアリを先発に入れたアゼリオ・ビチーニ監督が戦犯になりました。貴重な体験が出来ました。

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